あのときの想いを胸に、出会った人に恩返しを 〜 世の中をよりよくする可能性を秘める 「教育」 にかける使命 〜

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皆さん、こんにちは!

スケマネ インターン生の 三野 悠大 ( みの ゆうだい ) です。

スケマネ経営企画で活躍中の 石渡 健治 ( いしわた けんじ ) さんにインタビューをしていきます。

石渡さんの紹介

石渡 健治(いしわた けんじ)さん

  • 23歳
  • 中央大学 総合政策学部 政策科学科 卒業
  • 株式会社Life Being 創業 闘病者向けSNS「Life Squad」運営
  • Grow with Google
  • スケマネにて、主に経営企画として活躍中

今回は石渡さんに

「ご自身に大きな影響を及ばした出来事はなんだったのか?」
「思い描いているビジョンはどのようなものか?」

ということを聞いていきたいと思います。

幼い頃のことと、自身の性格について教えてください。

石渡さん

生まれたのは日本で、3歳から9歳までアメリカにいました。

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僕は感情的・直感型というよりも、考えて行動する方で。
そういう性格が形成されていったのはアメリカでの生活があったからだと思います。
文化や価値観が多様だからこそ、周りにいる一人ひとりについてよく考えて接することが必要で。

例えば、アメリカはハロウィンやクリスマスは日本と比べられないくらい盛大にやります。
けれどこういったイベントは宗教行事なので、学校開催のパーティーだとしても” 他宗教の文化だからその日は学校を欠席する ”というクラスメイトは当たり前のようにいました。

また一緒に遊ぶ友人も、3歳年上のクラスメイトや10歳年上の近所の友人など、宗教も年齢も多様でしたね。

幼い頃のことと、自身の性格について教えてください。

今まであんまり詳しく話して来なかったのですが、父親の死ですね。

今精神的なところは平気なのですが、この経験が今の自分の土台となってなますね。

それも、父親が癌を発病してから亡くなるまで両親から直接癌ということは伝えられませんでした。何回か入院を繰り返していて、目に見えて体が弱っていっていたのでなんとなく「癌なんだろうな」と自分で勝手に察していました。

ただ、仕事に復帰したりと元気な時もあり、闘病中僕の中でそこまで重く受け止めていなかったので、「まぁ治るでしょう」とずっと思ってました。

闘病生活は3年半ぐらいだったのですが、最後の2ヶ月くらいは自宅療法になっていて、家でしばらく過ごしていました。

そして亡くなった当日、父親は前日も変わらず元気に過ごしていたので、僕はいつも通り高校の部活の自主練に行きました。ただその一方で父親は容態が悪化していったそうです。

僕は高校の午前中の授業が終わったタイミングで母親から「帰ってきてほしい」という連絡がきて急いでタクシーで帰ったのですが、そのときはもう喋れない状態で、声かけたことに答えてもらえないまま、帰宅した3時間後ぐらいに亡くなりました。

現実なのか全くわからなかったです。

そしてこれは不思議な話でもあるのですが、後から話を聞くと、父が朝起きた時に「今日が最期かもしれない 」と父親が感じてたみたいです。姉と弟を呼び出し、それぞれに最期のメッセージを送っていたそうです。ただ僕は自主練でいなかったので、その言葉を聞くことができませんでした。

自主練に行ったこと今でも後悔してます。

その後何年んもなかなか現実を受け入れられなかったこともあり、父親について考えることを無意識に避けていました。ただ、3年前くらいにそろそれ自分と向き合う必要があると感じ、「僕に何を伝えたかったんだろう」と1年ほど考えている時期がありました。

父親の性格・幼少期から今まで僕に伝えていたをふまえ、僕の中でこれだったはずと自分で勝手に決めました。

「人のために生きなさい。周りの人を幸せにしなさい。」

父親が45歳という若さで亡くなったのもあり、「自分の命を1日も無駄にせず、全力で生きる」「人に1日でも多く、幸せな日々を過ごせるキッカケを提供する」「必ず両親に恩返しする」と決めました。

これらを実現するために取り組んだのが闘病者向けのSNSです。

もともと起業する気は全くなかったのですが、「自分にできることはなんだ」「僕だからできることってなんだ」と考えていた末、これをやることにしました。

きっかけは、父親が闘病していた当時のことを振り返ったとき、「闘病中の孤独感 」こそが亡くなる原因の1つではないかと思いました。

“ 心配をかけたくないから ”と病気のことを周囲に言わずにひとりで我慢することが多かったり、周りに症状を打ち明けても理解されなかったりしていました。そこで「 同じ境遇の人同士ならば気兼ねなく互いに支え合えるのではないか?」と考えました。

「闘病者向けSNS」を通じて闘病者のメンタルが良い方向に向かっていくことで、闘病者を支える家族のメンタルも安定してくる。そうなれば、病気自体も治る可能性が上がるのではないかと考えました。

大変嬉しいことに、サービスリリースの準備中・運営中に自分の想像をはるかに超えるサポートをして頂き、「自分はなんて恵まれている人なんだろう」と思っています。この経験もあり、より父親が僕に伝えたかったであろう言葉を強く噛みしめるようになりました。

「 日本学生支援機構 様からのご協力 」
https://www.chuo-u.ac.jp/campuslife/scholarship/news/2019/01/24811/

「 クラウドファンディング で支援して頂いた際のご協力 」
https://readyfor.jp/projects/lifesquad/announcements

スケマネを知ったきっかけはなんだったんですか?

石渡さん

たまたまスケマネの生徒と友達で、彼に自分の事業の話をしたことがあって。
そしたら、「事業相談にのってくれる経営者の方を紹介しようか?」って。
それでスケマネ代表 髙師さんに会いに行きました。

そのとき髙師さんに「これから事業のためにプログラミング始めようと思ってるんですよね」と話したら、思わぬ答えが返ってきました。

「 石渡が本当にやりたいことは何? 」

さらに、
人のエネルギーには限界がある。だからこそ、一人で何でもかんでもやらずに誰かを頼ることもした方がいい

それがすごく腑に落ちたんですよね。
すぐにその場でプログラミング申込取消の電話をしました。ただ、クーリングオフ期間だったんですが、辞めさせてくれなくて。「始める期間はずらせるから4月からやりませんか」って提案されてしまって。

高師さんに相談したら、それはおかしいと。「僕が電話出るよ」と本気で交渉してくれて。それで相手もびびったんだろうね、「こちらの手違いです」とあっさり折れました。
そのときに「ああ、この人はたった一人の大学生に対しても本気なんだな」という風に感動しちゃいました。

「この人のもとで学びたい」って率直に思い、スケマネに入りました。

スケマネに入ってみての印象はどうでしたか?

石渡さん

サービス内容もいいですが、何よりスケマネ社員が人として魅力的だったのが印象に残っています。

それこそ僕は、毎日このプラットフォーム(スケマネの生徒が授業やイベントで使用する教室)に来て髙師さんにアドバイスをもらっていて。それだけではなく、深夜3時位までLINEで相談にのってくださることも何回かありました。。

そのようなスケマネでの経験は、ご自身にどのような影響を与えましたか?

石渡さん

考え方が相当変わりました。

それまでの僕は昔から全然人に興味がなかったり、完璧主義で自分よりできない人を見下しちゃったりっていうのがありました。

でも、すぐに人に興味を持って追求するようになりました。自分の力だけでなく仲間から力を借りて成長することの大切さや、ビジネスの本質であるお客様が本当に喜ぶものを追求することの価値を実感したので。

熱く語りあったり周りの仲間たちと学びあったりして「成長すること」に楽しみを覚えていくにつれ、今までの見栄っ張りな自分の考え方は全部捨ててやろうって思えました。

周りの人や環境を何でも受け入れるスポンジになってやろう!」って。
「完璧主義とか見栄とかを守るより、成長して変わりたい!」と強く思いました。

スケマネに就職を決めた理由は?

石渡さん

まず、あんまりSNS事業がうまくいかなかったんですよね。サービスとして危険な状態になってしまいました

同じ病気を抱える患者さん同士のコミュニティがWEB上で創られていたのですが、書き込みの中に出どころが分からない情報とかも蔓延するようになってしまったんです。

さらに、書き込み自体は自由で、色んな情報が書き込まれるのは想定内でした。でもある人が善意で書き込んだ治療方法を同じコミュニティに属している人がその治療方法をやってみることがあって。その結果、その治療方法試してみたところ、その人の具合が悪くなってしまいました。

そこに関して僕の責任はないですが、この件と同じように、今後も僕の思いと裏腹な事件が起こってしまうかもしれないと想像したらこのサービスを続けることは難しいと思いました。

そしてこの事業を一時休止する事にしました。ただ想いは変わらないですし、闘病中の「孤独感」などの問題は解決できていないので、5年以内に必ず何かしらの形で、自分自身も成長し、そこの問題を解決することをリベンジする予定です。

僕の個人的なビジョンは、『全生命を尊重する社会の創造』です。
そのなかで、代表の髙師さんが考える教育の考え方を活かし、教育を通して
「人に1日でも多く、幸せに過ごせるをキッカケを提供できる」
という確信が生まれたんです。

スケマネでは前提として「世の中の根本に教育がある」と考えています。
僕らは教育を変えるわけではなく
教育という、これからもあり続けるものに異なる視点を加えるだけという考え方なんです。

今の教育が悪いとは思ってないし、今のままでも良い部分はたくさんあります。ただ教育には世の中に価値を見出せるポテンシャルがもっともっとあると思っています。

そのポテンシャルをもっと引き出して活用し、価値をもたらしていきます。

仕事で意識していることを教えてください。

石渡さん

「実現できるか、できないか」ぐらいの目標を立てることです。
それと「もっとこういう世の中であったらいいのにな」「こういう条件が揃ったらいけるんじゃないか」みたいなことはよく考えています。

企画する上で「問題の根本は××で、歴史上に起きた〇〇と似ているから、この問題解決するためには△△したらいい」という考え方は、1つのパターンとしてよく使っています。

だから未来の話をするときでも「なぜそんな世の中が訪れるのか」ということに対して自分の中で仮説を立てられるし、またそれに対して企画することができるんですよね。それが僕のワクワクそのものです。

あとは、根拠のない自信があるからこそ「できないだろう」と多くの人が決めつけているようなものにも実現可能性を見出すことができる。
発想にブロックをしないことを大切にしてます。

これからどういうことを目指していこうとお考えですか?

石渡さん

人物で言えば、僕は 黒田 官兵衛 みたいになりたいと思っています。

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黒田 官兵衛 は、戦国時代、豊臣 秀吉 の側近で軍師だった人。
「軍師」とはつまり、 「戦略家」のことを指します。

それで、豊臣 秀吉 は天下を統一したから、黒田 官兵衛 は日本一の軍師ということになるんですよね。

何が言いたいのかというと、スケマネは本気で世界を目指しています。
自社を通して髙師さんが日本一になったとき、僕は日本一の経営戦略家になるということです。
僕はそれを目指してます!

ご自身のビジョンである「 全生命を尊重する社会 」を、教育という手段を使い、
髙師さんという尊敬する指導者のもとで実現することを決意した石渡 さん。

これにて、石渡 健治 さんのインタビューは終了です!
ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。
少しでもあなたにスケマネの在り方が伝わっていれば嬉しいです。